DANRIN SALON
<小説・密厳國紀>霧生丸編⑯「前行」
2020/07/23
前行がはじまった。教授は青顧。早暁から三室山の全てと堂を巡り祈りまた自室に戻る。そして夕刻五体投地を百八回を一座。
山全体をほぼ走る。幼い時から足は早かった。そして疲れない。「母は弥勒様からの賜り物ですよ。生まれる前お前の生命はなんども危険な状態に落ちました。もう生むのを諦めなさいと父上も話していました。私の身が危険だからと。その度に弥勒様のご真言をお唱えして安産をお願いして月満ちて其方が生まれたのです。」とよく話していた。弥勒菩薩を深く信心する母の言葉だ。
霧生はなんども不思議遠体験している。
「お前は弥勒様に生かされている。何か困ったとき大変なとき、心が苦しいときは弥勒様のご真言を唱えなさい。必ず救ってくださるから。」
幼きとき年嵩の宝生に誘われて法城から出て道に迷い日が暮れてしまった。いつのまにか宝生丸とはぐれてしまい辺りは真っ暗になった。
闇の向こうになにかが光る。二つ、四つ八つ。2つずつ並んでいる。
その光からつよい殺意が襲ってきて、霧生丸は総毛だった。光の殺意が漲り霧生丸の心の臓は早鐘を打つ。
もうだめかと思ったその時、殺意の光の間に光の輪のような月光の輪が浮かんだ。
誰かが「走れ!」と。
思わずその光の輪に向かって走り飛び込んだ。
まわりがコマ落としのようによく見える。
殺意の光は狼の眼、獰猛な眼と鋭い牙がはっきりと見える。何十頭という群れ。
霧生が光の輪に向かうと狼たちは怪訝な面持ちで、獲物を見失ったかのように鼻で匂いを嗅ぎ獲物を探す。
狼の群れを駆け抜ける。
霧生丸は己が物凄い速さで駆けていることに気付いた。降り始めた大粒の雨がゆっくり見える。雨粒の一つ一つが綺麗に見える。
木の葉に落ちる雨粒が綺麗に緑の葉にゆっくり広がったり、細かく跳ね返る雨粒まで見える。
あの時、弥勒様に助けられた。その確信は今も消えない。多くの記憶が欠落してるのに弥勒様に助けられた記憶はすべてくっきりと残っている。なんどもなんども助けられて・・・
そう最後の時も俺は駆けていた、必死で迫りくる数多の敵を背に感じながら。
そして、、、
あの漆黒の道場で目覚めた。
この前行の早駆けは心地よい。青顧様とともにこの美しい山野を駆ける、諸堂で祈る、またあるいは山を登り祈り、山を下り渓流で祈り滝で身を清め走る。走りながらもご真言を唱える。手には金剛拳の印を左右それぞれで結ぶ。腕はほとんど振らない。
青顧様は腕は腰の動きで前後するだけで俺以上に揺らさない。同じ側の足と手が同時に前に出る。木々の隙間も岩山の狭い隙間も一枚の紙がすり抜けるように綺麗に抜けて行く。
俺は手が動き過ぎる。一日かけると手は傷だらけだ。
院に戻り岩風呂で湯浴みする。村のものも怪我した馬も湯浴みする。この湯は傷の癒えるのが早い。
傷が深い時は青顧様が塗り薬を塗ってくれる。
この薬も海大阿様が作られたものらしい。
やくそう畑から薬草を採り薬を作る。
村人も薬草を採りにいける。この山では人の分け隔てがない。